星野廉の日記

うつせみのあなたに

言葉ではない言葉

 外出して赤ちゃんを見掛けると観察します。子を持った経験がない私ですが、かわいいのでつい目が行くのです。赤ちゃんと目が合うとうれしいものです。いまはマスクをしていることが圧倒的に多いので、目で笑うというかほほ笑むように必死に努力します。

 こっちの笑みに気づいたのか、ほほ笑み返してくれると、もうめろめろになりますが、お母さんや周囲の人の目がありますので、涙をこらえます。

 ここまでの文で、目、見、笑という語を何度使ったでしょう。言葉を交わせない相手とのやり取りでは、目、見、笑が大きな役割を果たします。笑は表情のひとつですが、表情とは感情が表にあらわれることですね。

 言葉(話し言葉と書き言葉)を交わせない相手とは、私の場合には日本語の通じない人ということになります。

 母語が日本語ではなくて日本語が堪能ではない人(外国籍の人だけとは限りません)、脳梗塞や脳外傷によって失語症を患っている人、認知機能の低下した人が頭に浮かびます。

 人ではありませんが、ペットや家畜がそうですね。人にとって大切な存在です。人が支えられているという意味です。ヒト以外の生き物すべてがそうだと言えるでしょう。この星にいっしょに住んでいる仲間ですから。

 母語話し言葉と書き言葉だけを使って他者との触れあいや、やり取りをしているわけではないことに気づき、唖然とします。

 身振り、仕草、表情(目、眉、口、鼻、顎や顔の筋肉の動き)、音声(叫ぶ、泣く、うめくなど)。話し言葉と書き言葉以外の、広い意味での言葉が用いられている環境で、私たちは生きているようです。

 人が言葉を使うのは、伝達、つまり伝えるだけではありません。伝えようとする思いなしに、言葉が使われる場合は多い気がします。

 赤ちゃんとの生活では、伝える以外のやり取りがかなりの部分を占めているように見えます。はい、メッセージを送ります。はい、そのメッセージをたしかに受け取りました。こんなふうになっていないみたいに見えるという意味です。

 ただ笑みを送る。ただ笑みをもらう。ただしかめつらをしてみる。すると、あっちもしかめつらを返す。こんなふうに見えるやり取りをさかんに目にするのです。

 一種の遊びなのでしょうか。プレイですね。プレイには、遊戯、遊技、演技、演劇、競技、演奏といったさまざまな意味がありますが、そのどれもが、笑みや表情のやり取りに含まれている気がします。

「振り」と「演じる」がメッセージなしに空転しているように見えてなりません。何か目的のある「伝える」ではなく、ただ演じられているし、振りがおこなわれているのです。

 こうした光景は、赤ちゃん相手だけに見られるのではなく、人と人の関係で広く見られる気もします。

 ただいっしょにいる。ただいっしょにいてやる。ただいっしょにいてもらう。いっしょにいれば、不動なんてことはないでしょうから、そこに何らかのやり取りや交流が生まれるはずです。

 言葉が通じる相手であれば、言葉と言葉以外の言葉――身振り、仕草、表情(目、眉、口、鼻、顎や顔の筋肉の動き)、音声(叫ぶ、泣く、うめくなど)――、言葉が通じない相手であれば、言葉以外の言葉。

 さわる・さわられる、ふれる・ふれられる、おす・おされる、なでる・なでられる、さする・さすられる(こする・こすられる)、あてる・あてられる、つねる・つねられる、ひっかく・ひっかかれる、たたく・たたかれる、だく・だかれる。

 目をつむって、上の動作をしたり、思いえがいたり、思いだすと分かりますが、「する」と「される」が同時に起きている場合があります。これを一体感と言い換えることもできるでしょう。

 いやし、安らぎ、怒り、悲しみ、よろこび、楽しさ、いらいら、もどかしさ、ままならさ、苦しみ、しあわせ、安心感、ただいっしょにいるという充実感。言葉にならない感情。

 半年だけいっしょに暮らした犬のことを思い出します。言葉ではない言葉のやり取りがたくさんたくさんありました。こちらが話し言葉で話しかけても、それが相手に言葉として伝わっている保証はありません。

 それでもこっちは伝わっていると勝手に思うこともありました。後付けで考えると、言葉以外の言葉も、外にあって、外から来るものなのですね。自分の中に入るのかもしれませんが、それは必ずしも思いどおりにならないという意味では、外なんです。

 外にあって、外からやって来て、外であるもの。

 言葉も、言葉以外の言葉も、そういうものだという気がします。そして、言葉や、言葉以外の言葉を交わし、やり取りする相手もまた、そういうものだと思えてなりません。たぶん、自分もまたそうなのでしょう。自分にとっても(自分もブラックボックスなのです)、相手にとっても、です。

 外から生まれて、外に囲まれ、外をながめて生き、外へと帰っていく――。身も蓋もない言い方になりましたが、これは決して悲しい話ではないと思います。

 とりとめのない話にお付き合いいただき、ありがとうございました。