星野廉の日記

うつせみのあなたに

漢字の綾、和語の綾

「うつる、移る、写る、映る、遷る」、「うつす、移す、写す、映す、撮す、遷す」。

 こうやって眺めてみると、ずいぶんいろんなものが「うつる・うつす」に詰まっているなあと感心します。とくに、「移る・移す」と、「写る、映る・写す、映す」の間に落差を感じます。

 えっ、こんなのがいっしょにされているわけ? そんな意外な気分になります。それぞれの言葉の例文を見ると、なるほどと納得するものもあります。

 たとえば、「匂いが移る」というのは「影が映る」とか「写真に写る」と近い気がします。投影される感じです。あるものの特性が、別のものに投影される感じ。

 いいですね。うっとりするイメージです。

・移:移動、転移
・写:写真、転写、複写、複製、描写、模写
・映:映画、映写、反映、反射、幻灯、影絵

 移、写、映という漢字のイメージで連想する言葉を並べてみました。漢字や漢語は造語に優れているという話を思いだします。今ひとつ分からない話なのですが、なるほどと思う部分もあります。

 文字列を見ていると、うっとります。こういう連鎖は快いものです。

 漢語は知的です。頭が熱くなり、知的興奮を覚えます。

・移す・移る:「テーブルを奥へと移した」、「病人を故郷へ移す」、「ここに移って三年になる」、「シャツの匂いが上着に移る」

・写す・写る:「ガラス越しに写る景色」、「板書をノートに写す」、「写真の隅っこに妹が写っている」、「暗い時代の雰囲気をよく写している小説」

・映す・映る:「壁に影(姿)が映る」、「鏡に姿を映す」、「光景が目に映る」、「CMにその時期の世相が映しだされる」

 動詞としての使われ方で分けてみました。これもなかなか興味深くてわくわくします。文やフレーズの情景やイメージが頭に浮かびます。視覚的なイメージです。

 上の漢字や漢語で見たイメージとは少し違う気がします。漢字のほうは、頭で理解している感じで、和語の動詞の例文では絵で見ているとか状況で見ている感じです。

 和語はすっと入り、漢語は入るのに少し時間がかかります。

 例文を作る時には、同時に動詞の活用をしますが、その活用という運動が心地よいのです。動きを感じます。心が動いたり揺れたりします。

 和語はやさしいのです。からだにやさしく、すっと入ってきます。

 漢字には漢字の言葉の綾があり、和語には和語の綾があります。それぞれの綾がからまって、いまの日本語があるのでしょう。

 綾というのは、模様であり、形であり、姿です。動きであり、ありようでもあります。

 言葉にはそうした綾があります。綾を無視して、意味とか論理とか、はたまた書いた人の意図という絵空事に走る気にはなれません。

 言葉は人の外にあります。人の中から出て外にあるのですから、寂しそうです。その綾と向きあうことで、寂しげな言葉に接したいと私は思います(もちろん、そんなときの言葉は、すでに私の中に入っているのでしょう)。

 言葉の綾に寄り添い、綾をなぞり、さすり、撫でていたいのです。