星野廉の日記

うつせみのあなたに

うつる人、人をうつす

うつるんです

 うつる、写る、映る、移る、遷る、伝染る、流行る、孫引る、引用る、模倣る、写本る、写経る、印刷る、翻訳る、映画る、写真る、複製る、放送る、網路る、偽造る、剽窃る、盗作る、広告る、宣伝る、布教る、革命る――。こうしたものは、ぜんぶ、うつるんです。ですから、ぜんぶ「うつる」と読んでください。よくご覧ください。人類の歴史そのものでもあります。

(拙文「【夜話】ぜんぶ「うつる」と読んでください」より引用)

「うつる・うつす」について考えてみようと思います。

 話が広がりすぎる予感がするので、基本的な「うつる・うつす」から見てみましょう。

 複数の辞書を見ながら、辞書の語義として挙げられている「うつる・うつす」を使って作文をしてみることにします。


作文

 彼が東京から名古屋に移って二年が過ぎた。(移住、移動、異動)
 テーブルを日の当たらない奥へと移した。
 都を移す計画がある。(遷都)
 病人を故郷へ移すという案が出た。(移送)
 情が移って面接のさいに差し障りが出た。
 花に見入っていた彼女は視線を移した。
 注意を別のものに移すにはどうしたらいいか。
 柔軟剤の匂いがシャツから上着にまで移って困る。(移り香)
 その案を実行に移すのはかなり難しい。
 猫のあくびがうつった。
 その疫病は空気でうつるという話だ。(感染、伝染)
 炎がつぎつぎと周辺の木々にうつった。(延焼)
 時が移り、人も変わった。(経過)
 時を移さず実行に移せ。
 
 壁にあなたの姿が映っている。(人影)
 鏡に姿を映したところで見えないものは見えない。
 水面に映る建物の影が黒く広がった染みのように見える。
 最近テレビがよく映らない。
 スクリーンいっぱいに人の顔が映った。(映画、テレビ)
 フィルムの画像が映写機を用いてスクリーンの上に映しだされたものが映画だ。(映写)
 光景が目に映るようです。(目に映ずる)
 あなたの心に映っている思いを見ることができればいいのに。
 CMにはその時期の世相が映しだされる。(反映)

 ガラス越しに写る川面がきらきら輝いている。(透けて見える)
 その写真の隅っこに写っているのが、弟です。(写真)
 大教室では板書をノートに写すのに双眼鏡が必要だった。
 その暗い時代の空気を写した小説だと言われている。

 写真を写す。写真を撮す。(撮影)

(神仏・霊魂などが)乗り移る。(取り憑く)

「映れば変わる」(源氏物語より)


人がうつる、人をうつす

 例文を見ているとわくわくするだけでなくぞくぞくします。「うつる・うつす」には独特のわくわく感を覚えるのです。

「うつる・うつす」がこちらにうつってくるような気配を感じます。

 人が移る、人が映る、人が写る
 人を移す、人を映す、人を写す、人を撮す

「人」と組みあわせたシンプルなフレーズですが、これだけでも十分にぞくぞくします。

 人は移動する生き物です。これだけ移動する生き物は、この星にいないでしょう。渡り鳥や魚の中には一生の間にかなりの距離を移動するものがいそうですが、人の場合にはその目的が「生」から逸脱しているのです。

 その逸脱した移動が、文明であり文化だと言えそうです。

 現在、何百万という人たちが移動し、移送されています。難民や避難民としてです。これもとほうもない、「生」からの逸脱です。戦争は「生」からかけ離れた非日常に人びとを放りこみます(その非日常は、日常としてさまざまな形でその人たちの一生のあいだ続くにちがいありません)。

 たった一人のために、これだけたくさんの人たちが意に反して、移り、移されているのです。

 あの人の目には何が映っているのでしょう? 心には何が映っているのでしょう。

 そうそう、アーネスト・ヘミングウェイを忘れるわけにはいきません。ヘミングウェイの主要な作品群は祖国アメリカを離れて書かれたものです。ヘミングウェイが長期滞在していたフランスのパリにおけるガートルード・スタインと彼女を取り巻く人物たちにも注目したいところです。

 ヘミングウェイとガートルド・スタインの国籍はアメリカ合衆国ですが、ヨーロッパおよび英国となると、地続きであったり、海峡で隔たっているだけですから、祖国を離れて活動する作家や音楽家や芸術家の例は枚挙にいとまがないと言うべきでしょうね。

 そういえば、今集中的に読んでいるパトリシア・ハイスミスも祖国を離れて創作していた作家だと気がづきました。英仏両語での著作もあるサミュエル・ベケットもそうです。多言語に通じたナボコフルーマニア語だけでなくフランス語で書いていたシオラン。同じくルーマニア出身のエリアーデもいたなあ。英語でも書いたウィトゲンシュタインも、そうなのか。そうだ、フランス語で書いたアゴタ・クリストフがいた。

 話がいつの間にか非母語で書く作家へと越境してきました。人は移動し越境する生き物なのだとつくづく感じます。このテーマは奥が深そうで、収拾がつかなくなってきたようなので、この辺でストップします。

(拙文「もう一つの言葉」より引用)


 上の引用で挙げた人名は作家や学者ですが、その基本に「書く」があります。「書く」とは「うつす・うつる」と重なる部分が大きいです。

「うつる」で連想する英語はpassです。作家、詩人、学者、芸術家、音楽家で移動しつづけた人は多いですね。passした人たちです。そうした人たちは、いまもたくさんいます。

 passengerとしてpassしながら、移動した場所の事物と風景のpassageを眺め、それを言葉や、絵・彫刻などの視覚作品や、旋律にうつす人たちです。

 passしながら目にしたpassageという影に、自らの内なるpassageを重ねて、言葉や作品という影を創ってきたにちがいありません。

 passは、まさに、うつる、移る、写る、映る、遷る、だと思います。

 上述の人たち以前のpassportのない、とほうもなく長い時代から、人はpassつづけていたのですね。作家や芸術家に限りません。交易、狩猟、漁、戦(いくさ)……。

 もちろん、私たちの祖先のことです。やはり、ヒトはpassする生き物だと言えそうです。

 そして、最後はpass awayする運命にあります。最近、人というよりも、ヒトのpass awayがオブセッションになり頭から去って――pass――くれません。夢に出てくるのです。

 めちゃくちゃこじつけて、ごめんなさい。私の文章からこじつけを除くと何も残らないのです。

 あ、「こじつける」も「うつる・うつす」と重なりますね――。

 考えれば考えるほど、めちゃくちゃ重なるじゃないですか。ぞくぞくします。

 この間までは「かげ・影・陰・蔭・翳・景」を見てきましたが、そのときから「うつる・うつす」の影を感じていました。


 で、いま、「うつる・うつす」にうつってきたというわけです。

「うつる・うつす」は、前回のテーマである「枠・境」とも重なりますね。


 とりあえず、しばらく、うつり、うつしてみたいと思います。

 いま気づきましたが、「とりあえず」と「しばらく」は、passや「うつる」と親しい言葉のようです。時間的な枠と境がある、つまり過渡的だという意味です。

 イメージが膨らみます。こうした符合を大切にしたいです。