星野廉の日記

うつせみのあなたに

「決める・決まる」の決め手

「AはBである」とか「AだからBである」は決めています。「〇〇である」は「〇〇と決めた」なのです。

 いま上で書いた文も決めたものです。誰が決めたのでしょう。この文を書いた人でしょう。つまり、私です。

 一方で「決まる」場合もある気がします。

「AはBである」とか「AだからBである」と決まったという場合です。誰が決めたかというより、決まったという感じがするのです。感じがするのですから印象であり、印象であるからには検証ができません。

 雲をつかむような話で申し訳ありません。

「AはBである」とか「AだからBである」が決まったと私が感じるとき、その決め手は何なのかと私は考えます。根拠といういうより決め手です。根拠は建前っぽいのです。

 嘘っぽいという意味です。何かを隠している気がします。都合の悪いこと、言えば体裁が悪いことを、隠しているのでしょう。

 人には恥という感情があります。プライドと近い感情です。

 以下に、何かが決まるときの決め手と思われるものを、思いつくままに列挙します。

 気分、機嫌、気持ち、天気、陽気、気候、雰囲気、空気、気力、気質、気性、病気。力関係、権力、権威、武力、腕力、兵力。体、体力、体調、体感。人間関係、血縁、上下、階級、カースト、序列。声の大きさ、声の質、声の肌理・肌触り。流れ、雰囲気、「みんながやっているから」、「みんなが言っているから」、「何となく」、「え? 分かんない」。

 約束、決まり、ルール、しきたり、掟、法、法則、法律。癖、口癖、筋、筋書き、ストーリー、物語、型、流儀、パターン、定型、紋切り型、決まり文句。説、伝説、神話、言い伝え。新旧、古い・新しい、伝統・改革、保守・革新、古典・新種。命令、指示、教え。忖度、迎合。衝動。

 因縁、運命、宿命。論理。

 句読点で区別はしていますが、便宜的なものです。重複する部分もある気がします。

 なお、ここでは研究をしているわけではありません。できるわけがありません。お遊びですので無いものねだりはご勘弁願います。

 筋を通す、辻褄を合わせる、こういう言い方に興味があります。「〇〇と言った手前」とか「〇〇と言った以上」という言い回しもおもしろいです。

 必死さとか無理を感じるのです。その意味で感情的な言い回しだと思います。

 こうした言い回しは「決める・決めた」ときに、「決める・決めた」と言いたくないための方便に思えます。

「決める」は格好悪いのです。体裁が悪いので、体裁をつくろう必要があります。

 それが「〇〇である」「〇〇だ」「〇〇ということになりました」です。つまり言葉の綾、レトリックの問題なのです。レトリックは保身のために使われることが多いのです。

「〇〇である」「〇〇だ」と言うと、どうしてそうなったのか、どうしてそうなのか、言い換えると誰がどういう経緯で決めたのかが不明になり不問に付されます。これは隠蔽であり保身でしょう。

 こうした事態が露呈するのは、世界が危機的な状況に陥ったときです。こうした事態は大昔から続いているのですが、平時にはなかなか感知できないのです。

 危機的な状況を見聞きしながら、自分のまわりにも、似たようなことが、ささやかな形であったなあ、昔からずっと続いているなあと感じるのです。

「決める」は人為、「決まる」は人の領域ではない。

 そんな気がします。

「決める」は人為とは、人が決めるという意味です。

「決まる」が人の領域ではないとは、ややこしいですね。言い換えてみましょう。非人称的とか、ニュートラルが近い気がします。

 広い意味での「気・氣・き・け」だという気もします。人に深くかかわりながら、人が直接的にかかわっていないというイメージです。

 たぶん抽象と具象を兼ねそなえていて、人の外にあり、人の中に入ったり出たりして、思いどおりにならない性質が、言葉、とりわけ文字に近い気もします。

 とはいえ、まだ決めかねています。決め手を欠くということです。決められない気もします。決まる気配も感じられません。

 でも、わくわくするので考えてみたいです。

 決め手を欠くことが「決まる」のもっとも注目すべき特徴だという予感があります。

 雲をつかむような話で申し訳ありません。じつのところ、雲をつかもうとしているのです。